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盲目に信用していた仮定が、たとえば、すぐには死なないだろう、みたいな仮定が一旦崩れ去ると、ドミノ倒しのように他の当たり前だと思っていた妄想も全部疑わしくなって、今までの信念体系がなにも意味をなさなくなって、今まで知ってた世界とはまるで違った世界に一人放り出されたような、何もかも信用できない、全部疑わしいものにおもえる

こんな日々がずっと続けばいいのにって思うけど、必ず終わりはやってきて、何かが始まるということは終わることであって悲しい。

私が自分の意志で自分のためにやっていると思っている行為は、実は種の生存のためにプログラミングされた、種のために都合のよい行為というだけで、わたしはわたしのために生きてるんじゃなくて、種のために必死になってる
自分は人間という種を支える一個体でしかないっていうのは、分かっていてもなんだかせつない。
こういう生きる上で都合悪い考え方は淘汰の中で目を向けないようにされてって
思考の呪縛から逃れるために人間は趣向を凝らして遊びを発達させてきて
ときには遊びのために労力やお金を費やしたり
何も難しいことを考えずに生きる、ということはとても難しいことで、そのためにわたしたちはお金を払って遊びを楽しまなければならない
思考停止のための手段としての遊びはいつしか目的となって、そのために労働してお金を稼ぐようになる
厭世的な、思考の呪縛に囚われた個体はすぐに死んで淘汰されてくから、結局お気楽ハッピーで妄信的な個体が生き残ってくわけで
将来の人間ってすごく宗教的でなにも疑わないようになるんじゃないかなーって

今の存在価値とは。



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